3月30日。
私は名古屋の地で、一つの大きな奇跡を体験しました。
それは、ちょうど1か月前の2月28日に受け取った、あの逃げ場のない「通告」の続きでした。
2月28日の「最終通告」
1ヶ月前、私はある神社で引いたおみくじに、心臓が止まるほどの衝撃を受けました。
そこに書かれていたのは、当時の私への、神様からの容赦ない「最終通告」でした。
「神の教を忘れてよその、小道まような枝道に」
「自分可愛さに身贔屓(みびいき)身勝手な事ばかりを考えて、我が儘(わがまま)に振る舞えば、何時しか神様の御心から遠ざかり、竟(つい)には神様から離れ不幸を招く元となる。」

心の仕組みを知るプロでありながら、10年間依存の沼に沈んでいた私。
その醜い弱さをすべて見透かされたような、厳しい言葉の数々。
あの日、私は「もう本当に後がない」という逃げ場のない圧迫感の中で、依存からの脱却を誓ったのです。
1ヶ月後⋯奇跡の3月30日
そして、運命の3月30日。
私は用事を済ませ、導かれるように同じ神社へと向かいました。
あの日から1ヶ月。私は一日たりとも自分を裏切ることなく、断ギャンブルを貫いてきました。
私が引いたおみくじ。
それは、膨大な数の中から、あの日引いた「二十八番」の、まさにその次を告げる「二十九番」でした。

「二十八番」「二十九番」…わずか1ヶ月という短期間での連番。
これは単なる偶然ではありません。
「あなたのこの1ヶ月の歩みは間違っていない」という、神様からの最速の回答であり、最高の応援だと確信しました。
そして、そこに記されていたのは、前回とは180度違う、温かい言葉でした。
神様からの「祝福」―克服への太鼓判
「人は幸せになるために、神様の祝福を受けて此の世に生まれ出でたのです。」
この一文に、私は涙が出るほどの「納得」を感じました。
苦しむためではなく、幸せになるために生まれてきた。
依存症の闇の中で、自分を責め続けてきた私にとって、これ以上の「赦し(ゆるし)」はありません。
さらに、教えはこう続きます。
「例え苦難が訪れようとも必ずや克服出来るでしょう。」
「最終通告」から1ヶ月。
自らの意志で振る舞いを正し、積み上げてきた心の安定感と自信。
神様は、その私の「本気」を見て、克服への強力な太鼓判を押してくださったのです。
「お金がもったいない」と感じ、家族のためにお土産を選ぶ。そんな当たり前の日常の喜びを取り戻した私への、何よりの祝福でした。
今日の終わりに…
2月28日の「警告」から、3月30日の「祝福」へ。
わずか1ヶ月。
でも、その1ヶ月は、私にとって10年分の決着をつける、濃密な時間でした。
神様は通告をくれた。
でも、その道を歩むと決めたのは、私自身です。
「自らが自覚し、振る舞いを正した」こと。
それが自信になり、この「凪」の心を生み出しました。
「ああ、私はもう、あの闇の中にはいないんだ。」
新幹線の窓の外を眺めながら、ふと口を突いて出た言葉。
甘いと言われるかもしれません。
道半ばかもしれません。
でも、私はもう、闇の中にいた自分には戻らない。
この晴れやかな「光」の道を、一歩ずつ、誠実に歩んでいきます。
今ここからなら、人生は変えられる。
未来は、今日、この瞬間から始まる。


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