【断】15日目:限られた時間の中で…「死」を見つめて気づいた「今の幸せ」

再生への記録


2026年4月2日。

今日は一転して、自分自身の「体」と「時間」に向き合う一日となりました。

人間ドックでの勧めを受け、大腸内視鏡検査の予約をしてきたのです。

60歳という節目を越えた今、私は「残された時間」の尊さを静かに、しかし深く自覚しています。

今日の一言

「死を忘れるな」(メメント・モリ)
「だからこそ、今この瞬間を輝かせよ」

人はいつか必ず死ぬ。

それを自覚することは、絶望するためではなく、限られた「今」をいかに大切に、幸せに生きるべきかを自分に問い直すためにあります。

ギャンブルに時間を浪費していた過去に決別し、一分一秒を「納得」できる生き方で満たしていく。

今の私にとって、検査を受けることもまた、自分を大切にするための儀式です。

60歳を過ぎて自覚した「時間の限り」

先日受けた人間ドックの結果を受け、今日は病院へ足を運びました。

検査の予約をしながら、ふと「死」について考える自分がいました。

それは決してネガティブな意味ではありません。

人生の折り返し地点を過ぎ、自分の人生に終わりがあることを肌身で感じたとき、初めて「残された時間をどう使いたいか」という問いが、切実な響きを持って迫ってきたのです。

過去への後悔ではなく、今への感謝

かつての私は、その「限られた時間」を、液晶画面の中の数字や、無機質な刺激に投げ出していました。

どれほど貴重な財産を、自らドブに捨てていたことか…。

でも、今の私には「今を大切に、幸せな気持ちで生きたい」という明確な願いがあります。

妻からもらった信頼や、手元にある「生きたお金」、そして自分の健康。

これらすべてが、二度と戻らない一瞬一瞬の贈り物なのだと改めて強く思いました。

「幸せ」を選ぶという覚悟

検査の予約という日常の一コマが、これほどまでに「生きることへの意欲」を掻き立てるとは思いませんでした。

「自分を大切にする」とは、自分の体調を管理し、自分の心に嘘をつかず、凪のような穏やかな時間を守り抜くことです。

ギャンブルという幻の快楽ではなく、今日という本物の日常を、自分の意志で「幸せ」に彩っていく覚悟ができました。

今日の終わりに…

今日は2,550円の病院代を支払いました。

これは、自分のこれからの時間を守るための、何よりも価値のある投資です。

「死」を意識することは、私にとって「生」を鮮やかにすることでした。

明日は、この「今を慈しむ気持ち」を忘れずに、目の前の仕事や家族との時間に全力を注ぎたいと思います。

残された時間は、もう無駄にはしません。

明日の自分も、「幸せだ」と笑っていられるように、今日という日を丁寧に締めくくります。

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