今日の一言
「手放すことで、本当の自分が戻ってくる」
ギャンブルという重い荷物を背負い続けていたときは、自分の本来の姿が見えなくなっていました。
その手をそっと離したとき、空いた両手には「穏やかな日常」という、何よりも大切なギフトが届きます。

魂がくれた「エール」の余韻
お父さんたちが笑顔で去っていったあの夢…何を意味するのでしょう?
今日、何気ない時間を過ごしながら感じていたのは、かつてないほどの「守られている感覚」です。
亡くなってから101日目。
その節目に見せてくれたあの笑顔は、私の再生を認めてくれた、天国からのエールだったのだと思います。
「打たなかった自分」が自信の種になる
夢の中での出来事とはいえ、大当たりを前にして「打たない」という選択ができたこと…
これは、私の潜在意識が完全に書き換わった証拠ではないでしょうか。
あの日、おみくじで「最終通告」を受け取った私…
今は夢の中でさえ自分を律することができている。
その事実が、静かな自信となって私を支えています。
握りしめていた拳を、そっと開く
これまでは「絶対にやらない」と拳を握りしめていたかもしれません。
でも今は、握りしめるのをやめて、手のひらを広げているような感覚です。
衝動を「抑え込む」のではなく、ただ「必要ないもの」として横に置いておく。
執着を手放していくプロセスは、自分を許していくプロセスでもありました。
4月の風が、今までと違って感じる
25日前、目の前が真っ暗だった頃の私は、春の訪れさえも気づかずにいました。
でも今日は、窓から入る風の冷たさや、夜の静けさが、とても心地よく感じられます。
お金を使わず、ただ生きているだけでいい。
そんな当たり前のことが、今は何よりの幸せです。
今日の終わりに…
父が舟に乗せて持っていってくれた過去の自分。
今の私は、その舟を見送ったあとの、真っ白な砂浜に立っているような気分です。
明日もまた、この「凪」の海を見つめながら、一歩ずつ進んでいこうと思います。
自分を信じて、そして見守ってくれている存在を信じて。


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